私の実家焼き物の街&盲導犬の歴史!!
昨日は久しぶりに膝の治療と言いつつ、体全体を整えてくれるので、月の今は二回行ってます。
その時にカメラ持って行くのだけど・・・・・・・・。
にほんブログ村
↑をぽちとしてくださると嬉しいです。m(__)m別窓で開きます。すぐ閉じてくれれば私のブログそのまま見えます。m(__)m
治療が終わり体が軽くなりました。思わずウトウトとしてしまうくらい体が楽になって行くのです。
膝は随分よくなったようです。そこに行くのはもうやめようかと思ったけど、亡き母がたまには来てねと言ってる
ように思うので、行くのです。そう昨日行ったら母の月命日でした。
実家に行くまでは晴れていました。それで姉はレッスンしているし、父は私の事など目もくれず、一人でカメラ
持って散歩道に行ったのです。
沢山の被写体があります。
陶器の街だから、普通の日でも結構な人がいます。
ここがよくポスターになる場所です。
ここで子供の頃遊びました。(*^ー')/☆*
車が走れるような道でもありませんから、ゆっくりと歩きました。
あれ私の前に外人の方がデジイチ持って歩いています。
何人か知らないけど、外人でもデジイチ持ってるのね。珍しい事。
結構実家の方はいろんな映画のロケ地となるようです。
この前って一年くらい前ですが、映画かわかりませんが、SMAPがお忍びで来たと言うのです。
お忍びでも普通に草なぎ君がコンビニで買い物していたらしいのです。
キムタクと会いたかったな。(*^ー')/☆*:
そうそう私キムタクのファンなんです。今年SMAPって20周年なんですが、子供が5才の時からのファンで
もう私のファン歴も15年になります。(笑)
歴と歴史って変な結びつきだけど、今日は盲導犬の歴史を少しだけ。(笑)
犬が目の不自由な人を誘導して、歩く手助けをしていたことは、かなり古くから知られています。遠い昔文字
の代わりに壁に描かれていた絵、これを壁画といいますが、これに犬が目の代わりとなって働いていたことが
描かれています。太古の火山噴火で知られている有名なポンペイの壁画には、目の不自由な男性が犬に導
かれて市場を歩く姿が描かれています。
確実な資料では、1819年ヨハン・ウイルヘルム・クラインというウイーンの神父が、犬の首輪に細長い棒をつけ盲導犬として正式に訓練したのが最初です。
現在のように盲導犬の訓練が施設で福祉事業として取り組まれるようになったのは、第一次世界大戦後のドイツです。
そのおもな目的は、大戦で目のみえなくなった、たくさんの軍人を助けることでした。
(パソコンからお借りしました。)
1916年にドイツ赤十字のシュターリンとドイツシェパード大協会のシュテファニッツが、第一次世界大戦中、
盲導犬を育成しようとオルテブルグに学校を設立し、翌年に盲導犬が育てられました。1923年にはポツダム
に国立の盲導犬学校が設立され、たくさんの盲導犬が誕生し戦争で視力を失った軍人の社会復帰を促しまし
た。1927年ころには、ドイツ国内で4000頭もの盲導犬が使用されていたといわれています。
その後盲導犬育成事業はスイス、アメリカ、イギリスなどにひろがり、現在は二十数カ国で行われています。
学校の頃は私は歴史ってあんまり好きではありませんでしたが、こうして盲導犬の歴史と言うのは興味深い
ですね。
そしてまた日本に盲導犬がどのように入ってきたのか書かせていただきますね。
日本では今日から三連休の方も多いと思います。
皆さんの三連休がハッピーなものでありますように・・・・・・・・。
Bye ((ヾ( ^-^)ゞ Byeー♪
読んだらこちらをクリックしてくれるととっても嬉しいです。
励みになります。沢山の方の応援嬉しい限りです。m(__)m
ラブラドールランキング参加中m(__)m
↓ ↓ ↓
にほんブログ村
そっとポチだけ押してくれる方もいます。凄く嬉しいです。コメントも大歓迎です。お話しましょう。